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盛岡地方裁判所一関支部 平成4年(ワ)74号 判決

岩手県東磐井郡〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

小野寺信一

齋藤拓生

吉岡和弘

東京都中央区〈以下省略〉

被告

明治物産株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

飯塚孝

主文

一  被告は、原告に対し、金九三五〇万九九〇一円及びこれに対する平成三年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一  本件は、商品先物取引委託契約上の委託証拠金の返戻金(清算金)及びこれに対する民法所定年五分の割合による遅延損害金の請求事件である。

二  争いのない事実等

1  原告は整形外科医院を設営している医師であり、被告は穀物、食料品等の売買、仲介等の営業を目的とする会社である(争いがない。)。

2  被告は、営業担当外務員として、亡B(平成四年四月四日死亡、以下「亡B」という。)を雇用していた(争いがない。死亡時期については乙二三の1)ところ、原告は、昭和六一年七月九日、亡Bを通じて、被告との間で、東京穀物商品取引所その他四取引所における小豆等の商品先物取引委託契約を締結した(乙三〇の1、2、弁論の全趣旨、以下「本件先物取引委託契約」という。)。

3  本件先物取引委託契約は平成三年四月二日終了したが、原告は、被告に対し、本件先物取引委託契約に基づく商品先物取引の委託証拠金として、昭和六一年九月九日から平成三年四月一日までの間に、合計金一億二八七二万七五四五円を交付した(争いがない。)。

4  被告は、本件先物取引委託契約に基づいて、昭和六一年七月九日から平成三年三月六日まで、小豆、米国大豆及び粗糖等七品目について先物取引を行い、全取引を通じて金一五二一万七六四四円の損金を生じた(争いがない。)。

5  被告は、昭和六一年九月九日から昭和六二年四月一日まで四回にわたり、委託証拠金の返戻金として合計金二〇〇〇万円を支払った(争いがない。)。

6  商品取引員と委託者間に適用される委託契約準則には、商品取引員は、委託者から委託を受けた売買取引の全部又は一部について転売、買戻し又は受渡しが行われ、委託証拠金の全部又は一部についてその預託の必要がなくなったときは、必要がなくなった委託証拠金をその必要がなくなった日から起算して六営業日以内に返還しなければならない旨の規定が存在する(甲第二一号証)。

三  原告の主張

原告は、被告に対し、清算すべき委託証拠金(以下「清算金」という。)として、本件委託証拠金総額金一億二八七二万七五四五円から、損金一五二一万七六四四円及び既返戻金二〇〇〇万円を控除した金九三五〇万九九〇一円及びこれに対する本件先物取引委託契約終了の日から六営業日を経過した平成三年四月八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四  被告の主張

1  被告は、昭和六一年九月九日から平成三年四月二日までの間九五回にわたり、原告に対し、亡Bを通じて、清算金を返還した(前示返戻金二〇〇〇万円を含む。)。

2  そうでないとしても、亡Bは、被告から原告に対する清算金を受領する際原告名義の領収書を持参しており、原告は亡Bに対し、右領収書につき署名代行権限ないし受領代理権を授与していたから、民法四八〇条により、又は代理人による受領として、原告に対する有効な弁済である。

第三当裁判所の判断

一  前示争いのない事実等1ないし5及び証拠(甲一の1ないし33、二の1ないし6、三の1ないし3、四ないし一二、一七、乙一、二の1ないし14、三の1ないし3、四の1ないし12、五ないし八の各1、2、九の1ないし9、一〇の1ないし6、一一の1ないし5、一二の1ないし4、一三及び一四の各1ないし3、一五の1、2、一六及び一七の各1ないし3、一八及び一九の各1、2、二〇の1ないし95、二一、二三の1ないし3、二四、二五の1ないし4、二九、三〇の1、2、三一の1ないし3、三二の1ないし7、証人C、原告本人、弁論の全趣旨)を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和五八年ころ、整形外科医院を開業していた原告のもとへ、亡Bが穀物商品先物取引委託の勧誘に訪れたことから、同人を初めて知った。原告は、最初は取引を断ったが、亡Bは翌年も原告方医院を訪れ、しつこく先物取引委託の勧誘をしたため、原告もこれに応じ、当初は金二〇〇万円程度の委託証拠金を出す程度に止めたものの、亡Bから追証を要求され、結局約一〇〇〇万円の損失を被った。

2  その後亡Bは昭和六一年七月に被告に商品先物取引のいわゆる歩合外務員として就職し、引き続き原告に商品先物取引委託を勧誘した。原告は、亡Bの巧みな勧誘と、前の損失を取り戻したい気持もあってこれに応じ、前示のとおり本件先物取引委託契約を締結したが、その際被告に提出すべき承諾書や通知書の作成、提出は亡Bが行い、また、原告は妻に内緒で先物取引を行うため、その住所は原告方とはせず、右書類の住所欄には亡Bが指定した東京都中央区〈以下省略〉と記載された。

3  そして、前示のとおり、本件先物取引委託契約に基づく売買取引が続けられ、原告は、金一億二八七二万七五四五円の委託証拠金を支払ったが、結局金一五二一万七六四四円の損失を出し、清算金として原告に戻ってきたのは金二〇〇〇万円のみであった。その余の清算金は、亡Bが原告名義の署名捺印のある領収書と引換えに被告から受領したものの、原告には支払われなかった。

なお、右領収書の署名は原告によるものとは認められず、亡Bがしたものと推認される。

4  右によれば、被告から亡Bに交付されながら原告には支払われなかった清算金が存在することとなるが、被告会社の管理部においては、売買報告書及び残高照合通知書等を届出住所に送付し、清算金等の支払いについては領収書と承諾書との署名捺印を照合する仕組みになっているものの、本件においては、売買報告書等は前示東京都中央区内の届出住所に送付されて、原告は見ておらず、また、承諾書が委託者本人により作成されたものであるか否かは確認されていないため、本件のように承諾書も委託者以外の者が作成していた場合には照合は無意味であり、これらが原因となって清算金の支払いをめぐる事故の発生を防止することができなかった。

二  右に認定した事実によれば、被告が原告名義の署名捺印の存する領収書と引換えに清算金を亡Bに支払った事実が認められるけれども、右領収書の成立の真正を認めるに足りる証拠がないから、民法四八〇条の適用により右弁済を有効なものとすることはできない。

また、被告は、原告と亡Bとは被告と本件先物取引委託契約を締結する以前別の会社の先物取引委託契約において既に委託関係があったこと、原告は亡Bが指定した場所を住所地とし、被告からの売買報告書等は亡Bに届けられ、商品先物取引の銘柄の選択、売買の注文、委託証拠金の預託及び差損益金の入出金などは亡Bが行っていたであろうことなどから、原告は本件先物取引委託契約の運営をすべて亡Bに任せ、代行権及び代理権を授与していた旨主張する。前示事実によれば、亡Bは思いのままに本件先物取引委託契約を運用していた事実がうかがわれるけれども、他方では原告が知識ないし判断力の不足等により亡Bに対する指示監督が十分にできず、亡Bが独断で行っていた可能性もうかがわれるから、右事実から直ちに原告が一切を同人に任せ、代理権を授与していたと推認することはできない。また、右事実をもって、亡Bが被告の従業員もしくは代理人としての地位を離れて、原告と代理関係をもったということもできない。

したがって、被告から原告に対し、清算金の有効な弁済があったということはできない。

三  以上の事実によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂野征四郎)

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